「北極のパリ」へようこそ。
ノルウェー北部、北極圏の真っ只中に位置するトロムソ。
オーロラ観測の拠点として有名なこの街ですが、実はその最大の魅力は、歴史の息吹が残る美しい中心街(セントルム)の街歩きにあります。
一歩足を踏み入れれば、そこには18世紀から残る色鮮やかな木造建築と、最先端の北欧デザインが共存する不思議な景色が広がっています。
冷たく澄んだ空気の中、かつての探検家たちが夢を語り合ったパブや、北極海を望む石畳の通りを歩けば、ガイドブックには載っていないあなただけの物語が見つかるはずです。
この記事では、トロムソの歴史的な街並みを楽しみつくすための、とっておきの散策ルートをご紹介します。
- トロムソ:歴史的な中心街を散策しよう – あなただけの街歩き
- ロアール・アムンセン広場(Roald Amundsens plass):ロアール・アムンセンは街に背を向けて…
- リチャード・ウィズ広場(Richard Withs plass):フッティルーテンの創始者リチャード・ウィズ
- ストランドガータ通り(Strandgata):愛らしい黄色の家から始まる場所
- トロムソ鉄道駅(Tromsø jernbanestasjon):決して列車の来ない鉄道駅
- ストランドトルゲ(Strandtorget):活気溢れる小さな広場
- ストルガータ通り(Storgata):メインストリートを南へ
- ウルハーレン(Ølhallen):トロムソ最古のパブ
- トロムソ芸術協会(Gamle Tromsø museum):旧博物館で現代アートに触れる
- プレステン通り(Prestenggata):色鮮やかな通り
- トロムソ大聖堂(Tromsø domkirke):ノルウェー唯一の木造大聖堂
- 教会の公園(Kirkeparken):四季折々の花が咲き誇る
- トロムソの「エピセンター(中心地)」に到着
- 突如として現れる「古き良きトロムソ」
- シェー通りの曲線は「最初の街」の記憶
- 1969年の大火、29件の家々が灰に・・・
- ストール広場(Stortorget):火災を食い止めた広場
- シビック・センター:トロムソ市民活動の拠点
- 「地獄の小路」にある救世軍
- 地元の小さな博物館の隣に立つ、歴史ある映画館
- ベルゲン様式とトロンハイム様式が向き合う街の北端
- さらに多くの古い家々が並ぶエリアへ
- スカンセン要塞(Skansen Festningsverk):トロムソ最古の家
- 北極圏博物館(Polarmuseet):歴史を今に伝える倉庫
- 色鮮やかな倉庫群を通り抜け、再び街の中心へ
- 旧市街のさらに北、知られざるエリアへ
- 多様な建築様式が混在する中心市街地
- 最期に・・・
トロムソ:歴史的な中心街を散策しよう – あなただけの街歩き
トロムソの街並みには、整然とした秩序といったものはほとんど見当たりません。
その代わりに、中心部には新旧の建物が混ざり合い、建築の至宝と急ごしらえのコンクリート建築、朽ちかけた壁と塗りたてのペンキが共存しています。
この記事は、そんな街を巡るウォーキングコースの紹介です。
オススメのビールやコーヒー、ホットドッグを片手に一気に歩き通すのもいいですし、何度かに分けて散策するのも良いでしょう。
或いは、事前に目を通しておいて、レストランや美術館、観光スポットへ向かう道すがら、周囲の景色を眺めるヒントにするのもオススメです。
ロアール・アムンセン広場(Roald Amundsens plass):ロアール・アムンセンは街に背を向けて…
![]()
散策のスタート地点として相応しいのが、ロアール・アムンセンの像です。
アムンセンは世界で始めて北西航路を横断し、人類初の南極点到達を成し遂げた人物です。
彼の像は、トロムソの街に背を向け、代わりにトロムソ海峡を行き交う船の往来をじっと見つめています。
これは、彼の視線が常に「海」と「未知の北極圏」を向いていることを象徴しており、探検家としての彼の魂を表現しています。
1937年に建てられたこの像は、三角形のアムンセン広場において圧倒的な存在感を放っています。
像の右手に建つフランス語で表記された記念碑は、1928年ラタム号(Latham)探検隊を追悼するものです。
イタリアの探検家ウンベルト・ノビレ(Umberto Nobile)率いる飛行船「イタリア号」が遭難した歳、アムンセンはかつてのライバルを救うためにフランス製の飛行船ラタム47(Latham 47)で飛び立ち、そのまま消息を絶ちました。
このエピソードは、彼の自己犠牲と英雄的な最期を象徴しています。
港に面したこの広場は、まさに、「北極への入口」としてのトロムソを象徴する、歴史散策の重要な起点です。
ホロコーストで命を落とした17人のトロムソのユダヤ人
![]()
公園の北東の角にある記念碑は、トロムソのような北極圏の小さな街でも、ホロコーストの悲劇が無関係ではなかったことを示す非常に重要な場所です。
これは、1942年にナチス当局によって逮捕された17人のユダヤ系トロムソ市民を追悼するものです。
当時、女性たちは中立国スウェーデンへ逃れていましたが、男性たちは自分たちの商売を守るために街に留まっていたため、犠牲者は全員男性でした。
彼らはオスロへ送られた後、第二次世界大戦中にノルウェーからユダヤ人をアウシュヴィッツ強制収容所へ移送するために使用された巨大なノルウェーの貨物船「ドナウ(SS Donau)」でポーランドの北西部、ドイツとの国境沿いに位置するシュチェチン(Szczecin)へ、そして最後は家畜運搬列車でアウシュヴィッツへと運ばれました。
ある者は到着したその日にガス室で殺害され、またある者はその後数ヶ月間で過酷な労働により命を落としました。
ただ、一人の若者だけが生還したノルウェーに戻ることができたそうです。
街を歩く際は「ストルパーシュタイン(Stolpersteine)」、別名つまづきの石を探してみてください。
亡くなったユダヤ人一人ひとりを記憶にとどめるための、小さな真鍮のプレートが地面に埋め込まれています。
ストルパーシュタインは、ドイツ人芸術家グンター・デムニヒ(Gunter Demnig)によるプロジェクトで、ヨーロッパ各地の「かつてその人が住んでいた、或いは働いていた場所」の歩道に設置されています。
華やかなメインストリートのすぐそばに、こうした消し去ることのできない歴史の傷跡が刻まれているのも、トロムソという街の深い側面の一つです。
リチャード・ウィズ広場(Richard Withs plass):フッティルーテンの創始者リチャード・ウィズ
![]()
リチャード・ウィズは1893年、ベステローデン諸島(Vesterålen)のストックマルクネス(Stokmarknes)にてフッティルーテン(Hurtigruten:沿岸急行線)を創設した人物で、彼の生まれがここトロムソなのです。
ノルウェー沿岸の生活を一変させた「世界で最も美しい航路」フッティルーテンの生みの親がトロムソ出身である事は、地元の人々の誇りであり、広場に名前が付けられたのです。
エイディス・センセンの石(Eidis Hansen Rock):エイディス・ハンセンの石と古い酒場の騒動
アムンセン広場の上端には、ひときわ目を引く大きな赤い石が設置されています。
これは重さ371kgの「エイディス・ハンセンの石」で、かつてここにあった酒場の跡地に鎮座しています。
言い伝えによると、善良なエイディス・ハンセンがこの酒場で入店を拒否された際、彼は怒って海岸からこの巨石を運び上げ、酒場の玄関先に置き去りに下と言われています。
酒場はとうの昔に姿を消しましたが、石は今も当時の場所に残っており、正確な年代を示す記録は乏しいものの、このエピソードはトロムソで200年近く語り継がれているそうです。
アムンセン広場を離れる前に、北ノルウェー美術館(Nordnorsk Kunstmuseum)にもぜひ立ち寄ってみてください。
かつての郵便局を利用したこの美術館は、北ノルウェーの19世紀から現代に至るまでの北ノルウェーに関連するアートコレクションや興味深い特別展を観賞することができ、地域のアイデンティティと芸術を深く結びつける場所になっています。
ストランドガータ通り(Strandgata):愛らしい黄色の家から始まる場所

右手に聳えるトロムソ大聖堂(Tromsø domkirke)はひとまず置いておいて、左に折れてストランドガータ通りへと進みましょう。
そこには、フッティルーテン(沿岸急行線)の創設者、リチャード・ウィズ(Richard Withs)の記念碑があります。
ノルウェー沿岸の生活を一変させた「世界で最も美しい航路」フッティルーテンの生みの親がトロムソ出身である事は、地元の人々の誇りであり、広場に名前が付けられたのです。
通りの角に立つ愛らしい黄色の家は1820年頃のもので、トロムソに現存する木造建築の中でも特に保存状態がよく、新古典主義のエレガントなディティールが「北極圏のパリ」と呼ばれた時代の面影を今に伝えています。
ぜひ中庭を覗いてみてください。
そこには古い家々が持つ「朽ちかけた魅力」と、トロムソ・パーム(Tromsø Palm:巨大なハナウド)が織り成す独特に風景画広がっています。
また、靴修理店「Tromsø Skomakerverksted」とカフェ「Risø mat og kaffebar」の間の奥にも、開発の手から逃れ、今もなお手付かずのまま残された貴重な中庭が隠れています。
現代的なビルに囲まれる中で、あえて開発されずに残った中庭は、「現代の中に隠れた古い宝石」そのものです。
トロムソ鉄道駅(Tromsø jernbanestasjon):決して列車の来ない鉄道駅

左手にこのような看板が見えてくるのですが、鉄道をテーマにしたバー、トロムソ駅です。
トロムソには実際の鉄道が通っていないため、このバーは街一番のジョークスポットとして愛されています。
トロムソはノルウェーの鉄道網からはるか北に外れた場所にありますが、このバーには列車の座席が備え付けられ、スタッフも制服に身を包んでいます。
館内包装では、「線路内にトナカイが立ち入ったため、到着が遅れております」といった、北極圏ならではのアナウンスが流れたりするのですが、トナカイによる遅延は、鉄道が通っているノルウェー北部の町(ナルヴィクなど)では実際に起こりうるトラブルですが、それを鉄道のないトロムソでパロディにしているのが粋なポイントではないでしょうか。
観光の途中に立ち寄ってみてはいかがでしょう!
伝統的な木造建築が並ぶエリアに、こうした遊び心溢れる現代のコンセプトバーが溶け込んでいるのもトロムソの面白い側面です。
「まだ歩き始めたばかりだけど、ちょっと一杯…」と思わせるような、人をひきつける魅力がある場所で、鉄道ファンならずとも、そのユニークな内装を覗いてみる価値は十分にあります。
ストランドトルゲ(Strandtorget):活気溢れる小さな広場
小さな広場ストランドトルゲは、夏も冬も活気に満ちています。
広場の中央にあるドックは、1960年にトロムソ大橋(Tromsøbrua)が完成するまで、対岸の本土へと向かうフェリーの発着所として使われており、トロムソ大橋ができる前までは、この広場は本土と街を繋ぐ命綱のような場所でした。
広場の北側(左手)に立つ黄色の建物は1820年に建てられたもので、トロムソに現存する最も古い埠頭倉庫の一つで、厳しい北極圏の環境で200年以上耐え抜いてきたこの木造倉庫は、まさに街の「歴史の宝石」です。
その隣にあるバー「Skarven」は、古い魚加工工場を改装した人気のカフェ・レストランで、地元の魚介類(クジラ料理など)を楽しめる場所としても有名です。
また、この広場周辺は夜になるトライとアップされ、昼間とは違った幻想的な雰囲気に包まれます。
ストルガータ通り(Storgata):メインストリートを南へ
トロムソの心臓部、ストルガータ通りへと足を進めましょう。
通り沿い、右側の高い位置に立つ赤い建物(現在はHard Rock Cafe)は、かつてロアール・アムンセンがトロムソ滞在時の常宿にしていた場所です。

この場所は1915年から1976年までは薬局として知られており、ノルウェーの代表的な登山家であり作家のピーター・ワッスル・ツァプファ(Peter Wessel Zapffe)の父である薬剤師(Fritz G Zapffes)がいるこの場所に身を寄せていました。
この薬剤師とアムンセンは親友であり、遠征の資金調達や物資調達を支えた重要人物です。
トロムソのハード・ロック・カフェは世界最北端のハード・ロック・カフェです。
そのまま南へ3ブロックほど進むと、醸造所の一角に到着します。
その左手にあるのが「Blåst Glasshytta」という小さなガラス工房で、自分自身で吹きガラス体験に挑戦することもできます。
トロムソの「新旧の混在」を象徴する、現代的なクラフト満シップの拠点で、北極圏の光や自然をイメージしたガラス作品は、お土産としても非常に人気があります。
ハード・ロック・カフェの建物を見上げる際は、かつて世界一の探検家がそこから通りを眺めていた姿を想像してみてください。
ウルハーレン(Ølhallen):トロムソ最古のパブ
![]()
ここは1928年に創業したトロムソ最古のパブで、トロムソの誇りであるマック醸造所(Macks Ølbryggeri AS)の直営パブであり、かつては北極圏の厳しい自然に挑んだ男たちの社交場でした。
1970年まで、ここには女性の姿はありませんでしたが、ある種の見えない圧力を受け、醸造所が男性用に新しいトイレを増設したことで事態が一変…古いほうのトイレが女性用となり、その頃から女性も入店できるようになったのです。
1928年当時の面影を色濃く残す地下の空間は、まさに街の中に隠された歴史の宝石そのもので、歴史の重みを感じる店内で、かつての探検家たちに思いを馳せながら、マック醸造所の多種多様な生ビールを味わってみてはいかがでしょうか。
💡MEMO
ウルハーレンのすぐ隣にあるマック醸造所では、醸造所内を巡るガイド付きツアーに参加することもできます。
トロムソ芸術協会(Gamle Tromsø museum):旧博物館で現代アートに触れる
散策を続けるなら、ウルハーレンから坂を上って行くと、そこにあるのが、トロムソ芸術協会(Gamle Tromsø museum)で、1894年に建てられたこの重厚な建物は、かつてトロムソ博物館(Norges arktiske universitetsmuseum)として使われていて、現在は、ノルウェーを代表する現代美術館の一つとして活動しています。
また、沿岸沿いに立つ、氷の塊が押し寄せたような斬新なデザインの建物「ポラリア(Polaria)」はトロムソの歴史を巡る散策ルートとは一線を画す、トロムソのモダンな顔を象徴しています。

ミュゼ通り周辺は、観光の中心地から少しはなれた落ち着いたエリアで、美しい庭園や邸宅が並んでいます。
芸術協会で現代の視点に触れた後、ゆっくりと坂を下りながら海を眺めてみてはいかがでしょうか。
プレステン通り(Prestenggata):色鮮やかな通り

プレステン通りは、かつて労働者階級の人々が暮らしていた古い住宅街ですが、現在は、住人の層も変わり、若くと快適な人々が集まるエリアとなりました。
この通りのカラフルな木造家屋は、かつての質素な暮らしの面影を残しつつ、現在は若者に人気のフォトジェニックなスポットへと変貌を遂げています。
ここから右折し、ストランドスキレット通り(Strandskillet)を下っていきましょう。
「スキレット」とは、境界を意味し、ここは1794年に定められたトロムソ最初の市境でした。
1794年当時の小さな町の境界線が、今も通りの名前として残っているのは非常に興味深いポイントで、この道を下ることは、文字通りトロムソの歴史の境界を跨ぐ体験になります。
そのままメインストリートのストール通りへと戻り、スカンディック・グランド・トロムソ(Quality Hotel Grand Tromsø)が見えてくるのですが、このホテルは、1830年に創業したトロムソで最初の本格的なホテル「Hôtel du Nord」の跡を継ぐ存在です。

建物自体は近代的ですが、1830年代から続く「おもてなし」の歴史を脈々と受け継いでおり、新旧が混在するトロムソらしい、歴史の積み重ねを感じさせる場所です。
プレステン通りは、冬の雪景色の中でも、その色とりどりの壁が鮮やかに映える美しい通りで、ここからメインストリートに戻るルートは、静かな住宅街から再び活気ある街の中心部へと移り変わる、散策の心地よいリズムを作ってくれます。
スカンディック・グランド・トロムソ前のメインストリート、ストール通り(Storgata)を北に向かって少し歩くと、中央にトロムソ大聖堂が佇む教会の公園に到着します。
公園のそばには低い木造家屋が美しく軒を連ねています。
サガ(北欧の伝承)によれば、トロムソで最初の教会が建てられたのは1252年のことで、その教会がどのような姿をしていたのかは分かっていませんが、おそらく現在の聖堂とほぼ同じ場所に建てられていたと考えられています。
18世紀初頭の教会の図面は今も保存されており、現在の聖堂を建てるスペースを確保するために、かつてここにあった先代の建物は市外の住宅街へと移築され、エルヴェロイ教会(Elverhøy Kirke)として今も残っています。
13世紀から同じ聖域に教会が存在し続けているという事実は、トロムソが北極圏の精神的な拠点であったことを物語っており、現在の大聖堂(1861年築)の場所を作るために、古い教会を壊すのではなく移築して守ったというエピソードは、トロムソの人々が以下に自分たちの歴史を大切にしてきたかを示しています。
トロムソ大聖堂(Tromsø domkirke):ノルウェー唯一の木造大聖堂
![]()
現在のトロムソ大聖堂は1861年に建てられたもので、ノルウェー国教会において唯一の木造の司教座聖堂(大聖堂)で、800席の収容人数を誇り、ノルウェー国内でも最大級の木造教会の一つに数えられます。
建築様式は、ネオ・ゴシック様式を採用しており、石造りが一般的なヨーロッパの大聖堂の中で、これほどの規模を木造で維持しているのは、森林資源が豊かな北欧ならではの特徴で、木材を使いながらも、鋭い尖塔や細やかな彫刻でゴシック様式を表現しており、温かみと厳かさが共存しています。
内部に足を踏み入れると、華麗な装飾が施されたインテリアに目を奪われることでしょう。

タイミングが合えば、1863年に名匠クラウス・イェンセン(Claus Jensen:1815-1892)によって制作され、現在は新たに修復された歴史的なパイプオルガンの音色を聴くことができるかもしれません。
教会の公園(Kirkeparken):四季折々の花が咲き誇る
教会の公園は2018年に丹念に修復され、3~4月から10月にかけて、スノードロップからリンドウまで多種多様な花々が咲き誇ります。
厳しい冬があるからこそ、春から秋にかけて次々と咲く花々は、地元の人々にとっても特別な存在です。
特に7月、南側に咲くバラは、北限に近いこの地で美しく咲く、まさに「北極圏の奇跡」のような光景です。
公園の北西の角には、第二次世界大戦の犠牲者を追悼する記念碑が立っており、北側には、北ノルウェーの「愛唱歌(実質的な国歌)」の作曲家であり、この大聖堂のオルガニストも務めたアドルフ・トムンセン(Adolf Thomsen)の胸像があります。

比較的新しく整備されたため、歴史的な景観を守りつつも、歩きやすく心地よい空間になっているので、ぜひ大聖堂の周りを一周して、あらゆる角度からその姿を眺めてみてはいかがでしょう。
特に裏手にある教会の運河(Church canal)は、水面に大聖堂の姿が美しく映りこみ、逆さに映る大聖堂のシルエットは、SNSやブログでも非常に映える、トロムソ観光の「鉄板」アングルです。
教会公園の北端を彩る石造りの建築群

大聖堂の北側に立つ、中央のクリーム色の建物は「ステンゴーデン(Stengården:石の家)」と呼ばれています。
1880年に建てられたこの建物は、木造家屋が主流だったトロムソにおいて、初めてレンガとモルタルで造れた記念碑的な建築です。
しかし、ナチス占領下ではゲシュタポ(Gestapo:秘密国家警察)の本部として使用され、その地下では抵抗運動(レジスタンス)の活動家たちが拷問を受けるという悲劇の舞台にもなりました。
ステンゴーデンは、建築史上の先駆者であると同時に、戦争の暗い記憶を刻む場所でもあり、こうした多面的な歴史が、現在の平和な後援の風景に深みを与えています。
その隣に立つ鮮やかなオレンジ色の壮麗な建物は、1913年に造られたトロムソ貯蓄銀行(Tromsø Savings Bank)で、丸みを帯びた角や有機的なフォルムが特徴的な、非常に堂々としたアール・ヌーヴォー様式の建築です。
トロムソで最も美しい建物の一つに数えられ、北欧の短い夏に映えるその鮮やかな色彩は、当時の街の繁栄を象徴しています。
その対照的な位置にあるのが、1972年に建てられたノルウェー銀行(Bank of Norway)で、重厚な歴史的建造物とは対照的な、力強いモダニズム様式が異彩を放っています。
1880年のレンガ建築、1913年の装飾的な銀行、そして1972年の現代建築が隣り合って並ぶこのエリアは、まさにトロムソの「建築タイムライン」を一望できる場所です。
大聖堂の穏やかな木造建築から視線を移すと、これらの石造りの建物たちが待ちの力強さを物語っていることに気付きます。
トロムソの「エピセンター(中心地)」に到着
ストルガータ通りとフレドリック・ランゲス通り(Fredrik Langes gate)が交差するこの賑やかな場所こそ、まさにトロムソの絶対的な中心地といえるでしょう。
ここで、通りが少しだけ広くなっているのですが、これは戦後、山側の古い家々を全て取り壊してメインストリートを拡張する計画がありました。
ただ、幸いなことに、その計画が実行されることはありませんでした。
もし戦後の近代化計画が強行されていたら、私たちが今楽しんでいる歴史の宝石のような木造建築の街並みは、跡形もなく消え去っていたはずです。
計画が一部で泊まったために生まれたこの微妙な広がりは、開発の波と歴史保存の葛藤の跡を生々しく伝えています。
ここは単なる地理的な中心であるだけでなく、ショッピング、カフェ、そして人々が行き交うトロムソのエネルギーが最も凝縮されている場所です。
この交差点に立って、周囲の古い木造家屋を眺めてみてください。
これらが「取り壊されるはずだった歴史」を乗り越えて今ここにあると思うと、一軒一軒の建物がより貴重なものに感じられるはずです。
突如として現れる「古き良きトロムソ」
メインストリートの中ほどは、まさに新旧が入り混じった「寄せ集め」のような景観です。
ここで、赤くて控えめな小屋のような建物「Sweet Heart」の前で足を止めてみてください。

かつてこの建物は、ある商人の屋敷の離れとして使われていたものです。
左側の低い位置にある中庭へと入り、トンネルのような通路を通って、一本下の通り「シェー通り(Sjøgata)」へと抜けてみましょう。
そうすると、その古い建物と中庭、そして表の建物が全て一つの同じ敷地の一部であることが分かります。
かつてトロムソの全ての家には、こうした完全な裏庭があり、そこには離れや馬小屋、さらには牛や羊の小屋まで備わっていましたが、今ではそれらの役割が失われたため、ほとんどの離れや厩舎は姿を消してしまっています。
商業都市であると同時に、街の中でも家畜を飼うような農村的な側面も併せ持っていた名残が、こうした裏庭の構造に隠されています。
近代的なショップが並ぶメインストリートのすぐ裏側に、19世紀の生活の断片がひっそりと息づいている、このギャップこそが、トロムソ散策の醍醐味です。
シェー通りの曲線は「最初の街」の記憶
![]()
トロムソの中心部のほとんどは基盤の目のような格子状の区画になっていますが、シェー通りの中ほどには、奇妙な「歪み」があります。
これは、この通りがトロムソ市が誕生した1794年当時の「海岸線」に沿って造られたためです。
計画的な格子状の街並みの中で、ここだけ曲がっているのは、自然の海岸線という「歴史の制約」がそのまま残っているためです。
通りの低い海側に並ぶのは、もともとトロムソ海峡の水中に杭を打ち込んで立てられた埠頭倉庫群です。
一方、高い山側には、立派な扉を備えた豪商たちの邸宅が軒を連ねています。
200年前、こここそがトロムソで最も「人目を惹き、流行の先端を行く場所」だったのです。
かつて豪商たちが自慢の邸宅の扉から出入りし、富を競い合ったこの通りは、当時のトロムソの華やかな社交の中心でした。
その後、街の賑わいは一本上の通りストール通りへと移り変わっていったのです。
シェー通りを歩くときは、足元のカーブを意識してみてください。そこがかつて、陸と海が接していた境界線です。
1969年の大火、29件の家々が灰に・・・
シェー通りを北へ進むと、突如としてコンクリート建築が目立つエリアに入ります。
1969年、この一帯を巨大な火災が襲い、密集していた木造家屋のうち29件が焼失しました。
木造家屋が密集するトロムソにとって、火災は最大の脅威でした。
この大火は街の景観を一変させ、その後の再建計画は長期化し、お世辞にも計画的とはいえないものだったのですが、近代的な(しかし当時は無機質だった)再建へとつながりました。
メインストリート(ストルガータ通り)へと戻り、南側にあるコーラ・サンデル通り(Cora Sandels gate:バーガーキングの隣)を見上げると、そこには数々の賞に輝くトロムソ市立図書館(Tromsø bibliotek og byarkiv)が姿を現します。
![]()
この建物は1970年建築の「フォーカス・シネマ(Fokus Cinema)」を改築したもので、重厚なコンクリート構造だった、かつての閉鎖的な映画館の骨組みを活かしつつ、ガラスを多用することで北極圏の貴重な光を最大限に取り込むことに成功した、リノベーションの傑作です。
19世紀の優雅な木造建築、1969年の火災後の無機質なエリア、そして2000年代のモダンな図書館、これらが隣り合わせにあるのが、まさに今のトロムソのリアルな姿です。
図書館の大きなガラス張りのファザードは、夜になると建物全体がランタンのように美しく発光します。
家裁の歴史を知った後にこの現代的な光の建築を見ると、トロムソが困難を乗り越えて進化し続けていることをより強く実感できるはずです。
ストール広場(Stortorget):火災を食い止めた広場
![]()
不意に視界が開け、ストール広場が姿を現します。
広場を見渡せば、「北極の狩人記念碑(Fangstmonument)」が、そして対岸には北極教会(Arctic Cathedral)の勇壮な姿を臨むことができます。
広場を少し上がると、世界最北のカトリック司教座聖堂である聖母大聖堂(Vår Frue domkirke)があります。
![]()
トロムソ大聖堂に対し、聖母大聖堂は世界最北のカトリック司教座聖堂で、1861年という同じ都市に二つの重要な教会が完成した事実は、当時のトロムソの急成長を物語っています。
1969年の大火の際、広場より北側の家々が壊滅的な被害を間逃れたのは、まさにこの空間が火を食い止めたおかげであり、この広場は、都市計画における「防火帯(ファイヤー・ブロック)」としての役割も担っています。
密集した木造家屋の間を歩いてきた後に現れるこの広場は、トロムソで最も開放的な場所の一つで、対岸の北極教会まで見渡せる視覚的な連続性は、この街の美しさを象徴しています。
広場のベンチに座って北極教会を眺めながら一息ついてみると、ここはトロムソの歴史が「破壊(火災)」と「保存」の間で揺れ動きながら、今に繋がっていることを実感します。
シビック・センター:トロムソ市民活動の拠点
聖母大聖堂の前から周囲を見渡すと、正面には文化会館(Tromsø Kulturhus)、左上の高台には近代的で新しい市庁舎(Tromsø Rådhus)、そしてすぐ目の前には旧市役所(Rådstua Teaterhus)が佇んでいます。
1864年に建てられたこの旧市役所は、現在はオルタナティブ・ミュージックや演劇のステージとして活用されています。
1843年にはこの場所で世界初のクロスカントリースキー大会が開催され、この大会に関する記録は僅かしか残っていないのですが、最後のドラマチックな結末が今でも語り継がれているのです。
一人のフィンランド人が優勝したのですが、その理由は彼が「2本のストック」を使っていたからでした。
他の競技者たちは、当時伝統的だった「1本のストック」しか持っていなかったのです。
今では当たり前の2本のストックが、当時は「反則級の最新テクノロジー」だったというエピソードは、冬のスポーツの進化を感じさせるユーモラスな歴史です。
ノルウェーのお家芸であるクロスカントリースキーの「競技の原点」がここにあるというエピソードは、スポーツファンならずとも興味深い歴史の断片です。
近代的な新市役所と、1864年築の重厚な旧市役所が対峙するこの広場は、トロムソの自治の歴史を象徴する場所です。
現在は劇場として使われている旧市役所の建物を見ながら、180年以上前にここで繰り広げられた「2本ストック」のドラマを想像してみてください。
この周辺は、古い木造建築とモダンなガラス張りの文化施設が共存しており、トロムソが単なる観光地ではなく、今も力強く呼吸し続けている「市民の街」であることを実感できるエリアです。
「地獄の小路」にある救世軍

聖母大聖堂の前を数メートル通り過ぎ、シャンケスミューゲット(Schanckesmuget:シャンケスの小路)という公式名を持つ小さな路地があるのですが、この通りは通称「Helvetesveita(地獄の路地)」と呼ばれ、通称の方が有名になっています。
ノルウェー語で「Helvete」は「地獄」を意味する代表的な罵倒語ですが、かつてこの路地は居酒屋の周辺で酒絡みのトラブルが絶えず、文字通り「地獄のような騒ぎ」が起きていたことで有名でした。
しかし、面白いことに、その居酒屋の跡地には現在、救世軍(Salvation Army)の拠点が置かれており、かつて地獄と呼ばれた場所に、現在は人々に救いの手を差し伸べる救世軍がるのです。
こうした小さな路地は、メインストリートの華やかさとは対照的な、当時の庶民の生々しい生活感を今に伝えています。
地元の小さな博物館の隣に立つ、歴史ある映画館
![]()
メインストリートの北端は、色鮮やかな家並みが実に見事に保存されており、訪れる人々を温かく迎え入れてくれます。
ここにある映画館「ヴェルデンス・テートレ(Verdensteatret:世界劇場)」は、現在も稼動している映画館としてはヨーロッパで最も古いものの一つに数えられます。
その隣にある「ペルスペクティヴェ博物館(Perspective Museum)」は、1838年に建てられたトロムソで最も壮麗な商人の邸宅を再利用した、小さな街の博物館です。
ここではトロムソの歴史に関する無料の常設展や、地下のカフェにある楽しい写真展を覗いてみてください。
1916年に開館したヴェルデンス・テートレは、単なる古い建物ではなく、今もトロムソの文化的な心臓部として鼓動し続けています。
ペルスペクティヴェ博物館の建物自体が、かつてのトロムソの富と繁栄を象徴する重要な文化財で、1838年当時の豪華な建築意匠を間近で見ることができます。
ベルゲン様式とトロンハイム様式が向き合う街の北端
ペルスペクティヴェ博物館の向かいには、ほぼ同時期に建てられたもう一つの邸宅が立っています。
どちらも19世紀前半に流行した新古典主義様式の木造建築ですが、実は異なる地域の建築文化を反映しています。
ペルスペクティヴェ博物館は、施主の承認がベルゲン(Bergen)出身だったため、「ベルゲン様式」で建てられました。
ファザードの両端に配置された立派な玄関、存在感のある曲線を描く屋根、そして水平に張られた外壁が特徴で、これらは全てベルゲン建築の典型的な要素です。
一方、向かいの邸宅は「トロンハイム様式」(ノルウェー中部のトロンハイム(Trondheim)やクリスチャンスン(Kristiansund)に見られるスタイル)を体現しています。
かつては中央に玄関があり、屋根はより控えめで直線的、そして外壁は垂直に張られています。
トロムソの街中には両方のスタイルが点在していますが、このように二つの様式が文字通り向かい合って立っているのは、ここならではの非常に珍しい光景です。
19世紀のトロムソには、南のベルゲンや中部ノルウェーから移住してきた富裕な商人が多く、彼らは故郷の建築様式をこの北極圏の地へと持ち込みました。


💡見分け方のヒント
- ベルゲン流:横方向のラインと、両端にあるダブルの玄関
- トロンハイム流:縦方向のラインと、中央に配置された玄関
こうした異なる地域の建築美が混ざり合っていることが、トロムソの街並みをより洗練された、奥深いものにしています。
通りの真ん中に立ち、左右の建物の「外壁の向き」を比べてみてください。
横のラインと縦のラインが対峙するこの場所は、建築マニアならずとも、当時の商人が故郷への思いを込めて競い合ったプライドを感じ取れるはずです。
さらに多くの古い家々が並ぶエリアへ

インヴァル・ヤクリン広場(Ingvald Jaklins plass)に沿って、もう一つの魅力的な家並みが続いています。
広場を抜け、スキッパー通り(Skippergata)にある11番地(Skippergata 11)に立つグレーの新古典主義様式の邸宅は、敷地全体が当時のまま非常に良好な状態で保存されています。
その南側には、トロムソで最も古い庭園があり、現在は屋外カフェとして開放されているため、中に入って19世紀の庭園で一般的に育てられていた宿根草を眺めることができます。
11番地の横にあるノルドレ・トルブ通り(Nordre Tollbodgate)に入ると、そこにも色とりどりの古い家々が建つ美しい景観があります。
ノルドレ・トルブ通りの突き当たりにはスカンセン要塞(Skansen Festningsverk)があり、この建物は1790年頃に建てられたもので、周辺にある家々も優に200年以上の歴史があります。
トロムソ最古の現存する建物と、さらに古い中世の痕跡が共存する場所になっています。
スカンセン要塞は、かつてトロムソを守るために築かれた防御施設で、今では穏やかな公園のように見えますが、その盛り土の下には、北極圏の要衝としての厳しい歴史が刻まれています。
トロムソ旧市街の北の境界線にあたるこの通りは、カラフルな家々が斜面に沿って並んでおり、坂之上からは、眼下に広がる街並みとトロムソ海峡を一望でき、散策の達成感を味わうのに最高の場所です。
スカンセン要塞(Skansen Festningsverk):トロムソ最古の家
小さな丘の上に佇む「トルブア(Tollbua:税関事務所)」と呼ばれる黄色い建物は、1790年頃に建てられたのですが、トロムソに現存する最も古い建物で、当時は貿易の税務管理を行うために使われていました。
1788年、ノルウェー南部の都市ベルゲンが長年保持していた北ノルウェーとの貿易独占権が消失し、北部の住民には自由貿易の権利が与えられました。
しかし、自由になったとはいえ関税や税金の支払いは義務付けられていたため、新たに流入する多額の貿易資金を適切に課税・管理する拠点として、この建物が建設されたのです。
トロムソ「最古の家」が税関であったという事実は、この街が貿易の自由化によって急速に発展し始めた歴史を象徴しています。
ベルゲンの支配から脱却した喜びと、近代国家としての仕組み(課税)が始まった瞬間を物語っています。
この建物が丘の上に位置しているのは、入稿してくる船をいち早く見つけ、税関手続を行うための実用的な理由もあったそうです。
スカンセンというエリア名は、この場所が中世以来の「要塞」であったことに由来しているそうです。
230年以上前、ここには自由貿易を夢見て世界中から品物を運んできた船が次々と入稿し、この小さな家で手続きを行っていたのです。
トロムソ最古の建造物「スカンセンの土塁」
![]()
黄色い建物(トルブア)が立っている丘こそ、実はトロムソで最も古い建造物です。
この800年の歴史が眠る丘は、建物の陰に隠れがちですが、丘そのものが中世から続くトロムソの「防衛の要」でした。
文献による明確な記録は残っていませんが、一般的には13世紀のものと推定されています。
かつてこの円形の丘は、西側に小さな堀があるだけで、周囲を海に囲まれた要塞のような島でした。
記録こそ乏しいものの、中世後期の「ノルウェー王国」と、東の「ノヴゴロド公国(Новгородского княжества:現在のロシア方面)」との紛争における防御拠点の一部であったと考えられており、ここは北欧と東欧の勢力がぶつかり合う最前線で、文字通りの「地の果て」を守る砦だったのです。
現在置かれている大砲は、ナポレオン戦争(1803年‐1815年)時代に配備されたものだそうで、イギリス艦隊による海上封鎖に対抗するために置かれたもので、トロムソが世界情勢の荒波に揉まれてきた証拠です。
丘の上に立ち、大砲の横から海を眺め、かつてここが「堀に囲まれた要塞の島」だった時代を想像すると、目の前の景色が全く違って見えてきます。
北極圏博物館(Polarmuseet):歴史を今に伝える倉庫
![]()
1830年代に建てられた北極圏博物館は、元々隣接する税関事務所の専用倉庫として使われていました。
館内には当時の荷揚げ用機械がそのまま残されており、入口や通路が非常に小さく低く造られているのも、当時の機能性を物語っています。
低い天井や小さな扉は、現代の建物にはない圧迫感がありますが、それこそが「熱を逃がさず、効率的に荷を保管する」という当時の知恵の跡なのです。
この博物館は、トロムソの歴史を理解するための「鍵」とも言える場所で、決して見逃すべきではありません。
トロムソがどのようにして北極探検やアザラシ猟の拠点として発展したか、その過酷で情熱的な歴史が、19世紀の倉庫という最高の舞台装置の中で展示されています。
また、博物館の建物の下や脇には、僅か数メートルですが、当時のままの海岸線(ビーチ)が残っており、足元にある砂利や岩肌は、1794年に街が誕生した当時の姿をそのまま留めている唯一の場所です。
街のほかの場所では、開発によってオリジナルの海岸線は全て失われてしまっているため、この数メートルこそが、都市開発という波に飲まれなかった「歴史の聖域」と言えるのではないでしょうか。
色鮮やかな倉庫群を通り抜け、再び街の中心へ



街の中心部へと戻る際は、港に沿って並ぶ倉庫群(ウェアハウス)を歩いてみてください。
これらは1903年、このエリアで起きた火災の後に再建された建物です。
翌年の1904年の法改正により、これ以降の都市部の建物は、レンガやコンクリートでの建築が義務付けられたため、これらの倉庫は「木造都市トロムソ」の伝統が途切れる直前の歴史の「滑り込み」建築の一つとなっています。
旧市街のさらに北、知られざるエリアへ
旧市街のコンパクトな区画を堪能したした後は、少し足を伸ばして周辺を散策してみるのもオススメです。
土のルートも手軽に歩けますが、冬場は非常に滑りやすくなるので足元には十分ご注意ください。
スカンセン背後の再開発エリア:スカンセンのすぐ裏手には、かつての造船所を改装した高級マンションや、お洒落なバー、レストランが集まるモダンなエリアが広がっています。
ここからの眺めは一見の価値ありです!
| ヴェルフツ通り(Verftsgata) | スカンセンのすぐ北側に位置する、古い家並みが残る静かな小道です。 |
| Nordre Tollbugateの丘 |
この通りの頂上付近からは、トロムソの街を一望する素晴らしいパノラマが楽しめます。 かつては労働者階級の居住区で、愛らしい家から年季の入った建物、そして近代的な新築物件まで、新旧が入り混じった独特の景観が特徴です。 |
| Kirkegårdsveien |
1900年代に建てられたスイス・シャレー(山小屋)様式の美しいヴィラが立ち並ぶ通りで、当時ノルウェーで、装飾豊かな木造の山小屋スタイルが流行した名残で、このエリアのヴィラ群は、当時の富裕層の美意識を繁栄しています。 また、中には英国コテージ風の石造りの家も見られ、当時の建築の多様性を楽しめます。 |
メインストリートの「北極圏のパリ」らしい華やかさとは一味違う、地元の生活館と建築の多様性が楽しめるエリアです。
有名なスポットだけでなく、生活道路の坂の上からふと振り返ったときに見える街の姿こそ、旅の忘れられないひと時になるはずです。
多様な建築様式が混在する中心市街地

トロムソは、まさに建築様式の寄せ集めのような街です。
街の一部、特に北端エリアには、小さく控えめな造りで、増築を繰り返したために独特で歪な形をしているのが特徴である、伝統的な北部の農家建築の家が多く残っています。
19世紀初頭にトロムソで一世を風靡した新古典主義(ネオクラシカル)様式のスタイルは、当時のヨーロッパで主流だった石造り建築を木材で模倣しており、柱を模した玄関の装飾や、窓枠の「歯状飾り(トゥース・パターン)」など古典的なディティールが随所に見られます。
19世紀後半には、過去の様式にインスピレーションを得た「歴史主義」が西洋建築を席巻し、トロムソでは、ゴシック様式を木造にした教会や、豊かな装飾が施されたスイス・シャレー(山小屋)様式の家々が、メインストリートから数ブロック離れた通りに点在しています。
1904年のオーレスン大火(Ålesund fire)を受け、政府はノルウェー全土の都市部で木造建築を禁止しました。
そのため、この時期以降の新しい建物は石造りやレンガ造りとなり、当時流行していたアール・ヌーヴォー様式が好んで採用され、1920年代のアール・デコ、30~40年代の機能主義へと続いていきます。
トロムソは幸いにも戦災を免れ手来た場所ですが、1950~60年代の建物は非常に簡素、あるいは質素ともいえる低予算なスタイルで建てられました。
1995年から現在まで続くノルウェーの石油ブームによる富は、公共建築やマンション開発に色濃く反映されています。
高台から見下ろすと、それらの巨大なボリュームが伝統的な建築を小さく見せているのが分かります。
トロムソの面白さは、ヨーロッパの石造り文化をいかに木材で表現しようとしたか(新古典主義)、そして1904年の「木造禁止令」が待ちの警官にどのような断絶を生んだか、という歴史のコントラストにあります。
散策しながら、窓枠の飾りや外壁の素材(木、レンガ、コンクリート)を観察することで、その建物がトロムソのどの時代に属しているのかを読み解くことができ、最新のウォーターフロント開発(石油ブーム時代)と、19世紀の小さな農家風建築が隣り合っている様子は、急成長を遂げてきたトロムソのダイナミズムを象徴しています。
メインストリートを歩くときは、ぜひ「建物の素材」と「窓の装飾」に注目してみてください。
木造の柱もどき(新古典主義)を見つけたら、それは19世紀初頭の繁栄の証、一方で重厚な石造りの曲線(アール・ヌーヴォー)があれば、それは大火後の新しい時代の幕開けを象徴しています。
![]()
最期に・・・
街歩きの終わりは、新しい物語の始まり。
トロムソの中心街を歩き終える頃には、この街がただの「オーロラ観光地」ではなく、何世紀にも渡って極地の人々の暮らしと情熱を支えてきた、温かい心臓部であることを感じていただけたのではないでしょうか。
歴史的な木造校舎をリノベーションしたカフェで一息つくのもよし、港に沈む(あるいは沈まない)太陽を眺めながら次の目的地に思いを馳せるのもよし。
このコンパクトで愛らしい街並みは、訪れるたびに異なる表情を見せてくれます。
ガイドブックを閉じて、ふと見上げた空に揺らめく光や、港を渡る心地よい風…あなただけの「トロムソの記憶」が、これからの旅をより豊かなものにしてくれることを願っています。



